AIと業務効率
社内の資料をAIに答えさせる前にそろえるもの

「うちの就業規則や支援の手順書をAIに読ませて、担当者の質問に答えさせられませんか」——受け入れ企業のご担当者から、こうしたご相談が増えています。一度試して、もっともらしい答えが返ってきたものの数字がどうも違う、それで止めている、という話もよく伺います。ただ、止めておく必要はありません。うまく回している会社が変えているのは、AIの側ではなく、渡す資料の側だからです。この記事では、社内の資料をAIに答えさせる前にそろえておくものを3つに整理し、1人・1業務から始める順番までを書きます。内容は2026年8月時点の公表内容にもとづく目安であり、最新の要件は各府省庁の公表内容をご確認ください。
「それらしい答え」が返るのは、資料を渡していないから
生成AIに社内のことを聞くと、それらしい答えが返ってきます。ただし、それは自社の就業規則や手順書を読んだ結果ではありません。渡していない資料は参照されようがないので、AIは一般的な知識の範囲でもっともらしい文章を組み立てます。制度がからむ話ほど、この差が出ます。「何日以内」「何か月前から」といった数字は、それらしい形のまま違っていることがあります。
これは道具の欠陥ではなく、順番の話です。総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日公表)は、AI利用者にとって重要な事項のひとつに「安全を考慮した適正利用」を挙げ、その中に正確性・必要な場合には最新性(データが適切であること)等が担保されたデータの入力を行うことを置いています。入れるデータをそろえるのは、使う側の仕事だと書かれているわけです。
同ガイドラインの脚注には、RAG(検索拡張生成)の活用等により、ハルシネーションの抑制や出力過程・根拠の透明性向上等が期待されているという記述もあります。RAGとは、質問に関係する資料を先に検索して、その中身と一緒にAIへ渡す方式のことです。ハルシネーションは、事実でない内容がもっともらしく出力される現象を指します。注目したいのは「期待されている」という書き方で、渡せば間違いがなくなるとは書かれていません。それでも向きははっきりしています。答えの質を上げる手がかりは、道具の選定より先に、渡す資料の側にあります。
| 聞き方 | AIが見ているもの | 起きやすいこと |
|---|---|---|
| そのまま質問する | 一般的な知識 | 数字や期限がそれらしく違う |
| 資料を貼って質問する | 貼った資料だけ | 貼り忘れた範囲は答えられない |
| 資料を検索して渡す仕組み | 検索で当たった資料 | 資料が古いと、古いまま答える |
見てほしいのは3行目です。仕組みを入れても、元の資料が古ければ古い答えが返ってきます。だから、仕組みより先に資料をそろえます。
そろえるのは3つ——最新版・検索できる形・出所が指せる形
そろえる項目は、次の3つで足ります。
| そろえるもの | 満たせている状態 | 最初の確認 |
|---|---|---|
| 最新版であること | どれが現行版か、開かなくても分かる | 同じ資料の版が2つ以上ないか |
| 検索できる形であること | 文字として検索に引っかかる | 画像のPDFや手書きが混じっていないか |
| 出所が指せること | 根拠を資料名とページ・行で示せる | 資料名と改訂日が資料の中にあるか |
1つ目の「最新版」は、ファイル名の付け方だけで半分片づきます。「手順書_最新」「手順書_最新2」が並んでいる状態が、いちばん事故につながります。現行版を1つだけ決め、旧版は別のフォルダへ移す。この作業自体はAIと関係のない片づけですが、ここを飛ばすと、あとの工程がすべて古い資料の上で動きます。
2つ目の「検索できる形」は、意外と見落とされます。紙をスキャンしただけのPDFや写真は、人の目には読めても、文字として扱われていないことがあります。文字になっていない資料はAIから見えないので、貼っても引用されません。全部を直す必要はなく、よく参照する資料から順で十分です。
3つ目の「出所が指せること」が、いちばん効きます。答えと一緒に「この資料の、この箇所に書いてあります」が返ってくれば、人はそこを開いて確かめられます。逆に、出所のない答えは、正しくても確かめようがなく、業務には使えません。資料の側にできる準備は単純で、資料名・改訂日・章立てを資料の中に書いておくことです。表紙の日付ひとつで、答えの確かめやすさが変わります。
私たちの場合:運用要領を「行で指せる」形にした
これは机上の整理ではなく、私たち自身が今月やり直した工程です。2026年8月、このブログの制度記事を書く手順を変えました。それまでは出入国在留管理庁が公表している特定技能の運用要領(本体と、支援に関する別冊)をPDFのまま開いて確認していましたが、テキストに起こして手元に置き、記事で制度に触れるときは必ず該当箇所を開いてから書くという手順にしました。
変わったことは2つあります。1つは、書き手が制度を記憶で書かなくなったこと。もう1つは、確認の往復が減ったことです。「この記述の根拠はどこですか」という問いに、資料の該当箇所をそのまま示せるようになったためです。なお、これは私たちの体制と資料の量での話であり、同じ結果をお約束するものではありません。
ここで人の確認が消えたわけではない点も、書き添えておきます。同ガイドラインは公平性の指針として、「AIに単独で判断させるだけでなく、適切なタイミングで人間の判断を介在させる利用を検討する」とし、その際は「人間の判断が自動化バイアスに左右されないような対策を講じるべきである」としています。出所が指せる形は、この確認を実際に実行できるようにする仕掛けでもあります。私たちが書類業務で採っている下書きは自動・確定は人という切り分けと、考え方は同じです。
小さく始める順番:全社検索は作らない
ここまで読んで「社内の資料を全部そろえるのか」と思われたかもしれませんが、そこは目指しません。全社の資料を検索できるようにする取り組みは、最初の一歩としては重すぎます。始めている会社は、よく聞かれる質問を5つだけ選ぶところから入っています。
| 手順 | やること | 目安の手間 |
|---|---|---|
| 1 | よく聞かれる質問を5つ書き出す | 30分 |
| 2 | その5つに答えている資料だけ集める | 数ファイル |
| 3 | 現行版を1つに決め、文字で読める形にする | 半日 |
| 4 | 資料を渡して聞き、出所を人が確かめる | 1件あたり数分 |
| 5 | 答えられなかった質問を1行で記録する | その都度 |
5つの選び方に迷ったら、担当者が同じ説明を繰り返している事柄を拾ってください。受け入れ企業なら、候補はだいたい似ています。
| よく聞かれる質問の例 | 答えのもとになる資料 |
|---|---|
| 有給休暇の申請はどう出すのか | 就業規則、社内の申請手順 |
| 体調が悪いときの連絡先は | 相談窓口の一覧、連絡ルール |
| 更新の書類は誰が用意するのか | 社内の分担表、支援の手順書 |
| ごみ出しや設備の使い方は | 生活オリエンテーションの資料 |
5番目の「答えられなかった記録」が、後で効いてきます。答えられなかったのは、たいていその質問に答える資料が社内に無いか、あっても現行版が決まっていないかのどちらかです。記録が溜まると、次にそろえる資料が自分で分かります。置き場は情報の集約で作った表の別シートで構いません。なお、資料に個人が特定できる情報が含まれる場合の線引きは別の論点なので、生成AIの最初の決めごとを先にご覧ください。
この5問なら、担当者1人・半日で試せます。専任者を置く必要も、新しいシステムを買う必要もありません。
どこまで社内に置くかは、会社ごとに変わります
どの資料を対象にするか、社内のどこまでをAIから読める場所に置くか。この線は、受け入れの人数、資料の量、社内で手を動かせる人によって、答えが変わります。手順書がまだ文書になっていない会社なら、そもそも支援業務の内製化の一環として、書き起こす順番から考えたほうが早い場合もあります。迷ったら、いまの資料の散らばり方のままご相談ください。私たちはAI顧問・DX支援として、片づけの順番から運用が回るところまでご一緒しています。成果をお約束することはできませんが、まず5問から始めた形なら、途中でやめても片づいた資料は残ります。ご相談はお問い合わせからお受けしています。
まとめ:賢いAIを探す前に、資料を3つそろえる
- 「それらしい答え」が返るのは、渡していない資料は参照されようがないから
- そろえるのは最新版であること・検索できる形であること・出所が指せることの3つ
- 出所が指せる形は、人が確かめられるようにするための仕掛け。人の確認は残す
- 始め方は全社検索ではなく、よく聞かれる質問5つから。答えられなかった記録が次の材料になる
次の一手は、担当者が今週いちばん多く聞かれた質問を1つ書き出し、その答えが載っている資料の現行版がどれかを確かめることです。契約も設定も要りません。その1問がはっきりすれば、残りの4問は同じ手順で並びます。
出典
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ai_network/02ryutsu20_04000019.html
- 同 本編PDF https://www.soumu.go.jp/main_content/001064279.pdf
